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@Osaka Endosky Journal

焼いて粉にして屁で飛ばせ

現実に即しているかという方向性なんだろう

 保育の問題や、生活保護の問題を語ると、本来は手を繋いで問題に取り組むべきの人たちがお互いを攻撃しあう展開になるのが、常日頃。

 学童保育の運営に関わってる自分たちでも、役員でない人間からは、子どものこと考えてんのか、不愉快だ!まで言われてしまうことしばしば。予算なく、人なく、それでも現状にあわせてなんとか回転させようと出す答えに、無能扱いではトホホであるが、まあ、それが社会ではある。

 宗教でさえ、生きるための精神的な柱のはずが、殺しあう理由になりうるわけなんだから、そもそも論を語れば、「わからん奴はみんな死ね」なんだろう。世界共通だよ。

 

 ひるがえって、毛布を被りながらぼんやりと思う。

 

 ぼくらは、「それでもやるんだよ!(根本敬)」なんだと思う。目の前に子どもがいる。時間は誰にも平等に流れる。そして、問題は残されてる。

 

 他人の人生への想像力を持って日々を生きようと思う。水道橋博士の言う「その人の文脈を読め」その通りだ。そこには、実に深く、淡く、哀しく、強い生きているチカラが肯定的にも、否定的にも現れる。

 

 朝起きて、今日をなんとか生き抜こうと思い直す。明日は明日で生き抜こう。