@Osaka Endosky Journal

焼いて粉にして屁で飛ばせ

想いを繋ぐものとして

 そよの0歳の時の担任の先生が亡くなった。実家のお風呂での突然死だったと。毎日、普通にあいさつをして、先生に抱っこしてもらって、兄妹も声をかけてもらって、でも、もうそんな瞬間は帰ってこない。わかっているけど、これも運命とぼくのなかで折り合いをつけているつもりで昨日、今日を過ごしてる。

 

 29歳。来年結婚の予定だった先生。ぼくが、結婚したものその年齢。突然の死は、たまたまそれがボクでなく、先生であったんだと思う。運命の輪はただただ、規則正しく回っている、それ以外のなにものでもない。

 

 保育園にほぼ毎日顔を出して、9年。ぼくにとっては、もう一つの家のようなもの。そして、今日もいつもと同様に保育園にまた通う。先生が亡くなっても、その生活は変わりはしない。

 

 ただ、ただ、この当たり前が当たり前でないとう現実をあらためてかみしめる。それが、普段と変わったこと。

 

 亡くなった先生のご両親のことを思うと、辛くてならず。ただ、ただ、先生に抱かれて育った子たちが沢山いるということ。この子たちが、先生が未来に残してくれたメッセージだと、そうご両親に伝えたい。

 

 先生の想いは、先生に抱っこされ育った次女が成長するなかで必ず花開くと信じる。ボクはその花を見届けられるように、自らの運命を全うするしかないんだと。