@Osaka Endosky Journal

焼いて粉にして屁で飛ばせ

保育を考える その1

 こども園案など出てきましたが、見ているようで見ていない。知っとるようで知っとらん。自分で答え合わせ  クイズショー by カッピ のような気がします。


 つくしんぼから西を建設するにあたっての様子を間近で見てきてわかるのですが、認可の鍵は施設の建設にあたる費用が大きいんだと思います。


 この部分にメスを入れようという話だったりするんでしょうが、これ、貸与であって補助金ではないです。これは返すお金。実際、認可であるつくしんぼの資金繰りは非常に厳しいのはだれもが知ってる事実であります。



 まあ、補助金については、労働組合やら共産党やらとのカラミで、どうしても潰したいという気持ちもあるんでしょうが、それはそれ、これはこれ。



 どう変えるかという部分は、今ある施設を利用しながらNPOなり、企業なりが地域と相談しながら運営するのが一番だと思うわけです。


 小学校の空き教室、各地域にある公園の公民館、老人会館、うまく使えないものでしょうか。運営部分にお金が使われるならば、もっと保育の質について議論がでてくるものだと思います。


 新たな制度で保育時間を認定制度にするのでしょうが、時間ごとでの保育ならNPOなり、企業の運営するところにメリットが生まれるでしょうし、フルタイムで働く両親ならば今の認可保育所での保育を確保したいとおもうのが自然。


 実は認定されても入れる保育園はないという事実があったりするのは想定外かもしれませんが。



 保育を論じるにあたって恐ろしほど、子どもの視点がないのがいつも悲しい自分であります。




 いもう結論は、保育は必要ないと思う人が実は多いというのが現状にあるんだと。これは、世代に関係なくそう思っている人が実に多い。


 子どもが産まれ、その立場にならなければまったく想像がつかない人がほとんでありまして、その割を食うのはいつも、母親であることも事実であります。