@Osaka Endosky Journal

焼いて粉にして屁で飛ばせ

こんな文章を書き残せる人が日常ではたらいているという事実がうれしい

 ブログタイトルに引く人もあろうかと思いますが、ぼくの中ではパナセと双璧の文章書きさんではないかと思います。


 藩金蓮の「アダルトビデオ調教日記」


 生きるということとはこういうことなんだと。


 しかも現在進行形で。


 すばらしいです。


下記引用です


  地を這うように働いていたのは私だけじゃなかった。世の中には上手に生きられない人間がたくさん居る。夫に暴力をふるわれ離婚して子供を育てる女、家族と家のローンを抱えて家事をしながらもフルで働く主婦、皆、必死で働いていた。私なんかまだ独り身で気楽な身分だった。皆必死に働いて生きている。「何も無い」人間が出きることはとにかく働くことだけだ。現実を生きるだけだ。クビになれば次を探して働くしかない。自分の代わりはいる。だからこそ必死で皆働いていた。悩む暇も落ち込む暇も無い。走り続けているのは私だけじゃない。


 けれど走り続ける人間は不幸ではない。立ち止まって、くだらないことに囚われて愚痴を垂れ流し現実から逃げる人間より幸福だ。生きていること、生き延びていること、それだけでも幸福なことなのに、その「幸福」に気付かずに、ぬるい地獄の居心地の良さに嵌って人を僻んだり愚痴るだけで動かなかったり何でもかんでも世の中や他人のせいにする、くだらねぇ遊びを続けて歳をとっていくだけの人間より、生きていくのに必死で走り続けていく人間の方が、よっぽど幸福だ。苦しむことや悩むことでしか生きている実感を味わえず、人の気をひけず、それによって賢いつもりになっている人間よりも、たとえそれが他人から見て、ほんのささやかなことでも、小さな幸せを数えて生きることのできる人間の方がよっぽど幸福だ。