@Osaka Endosky Journal

焼いて粉にして屁で飛ばせ

文字がちからをもつとき

 更新も怠りがちの自分が言うのはなんですが、テキストって力あるなあっておもうことがあったりする。むかしから大好きな浅草キッドの博士は、ぼくがカナダにいるころにはすでにネットで文章を残してる。当時、日本語に飢えた自分は本当に読んだ。くしくも学校の先輩であることもそこで知る。仕事を干されている彼が、それでも、正直にまっすぐに芸人でありつづける毎日に、ぼくの後押ししてくれたこと忘れない。


 現在もかれの著作は多い。テキストが膨大にある。ネタを東京で見ることはできないもの、文章は読める。僕を含め、彼の文章を心待ちにしている人おおいんじゃないかな?



 笑いを生業にしつつ、つたえるということにおいて、文章を武器にもできる芸人としての彼のちからをいつも感じる。テキストはちからになりえると本当におもう。



 ちからのある文章が書ける、そんな生き方をしたいものとおもった今朝でした。