@Osaka Endosky Journal

焼いて粉にして屁で飛ばせ

ダレル R ボールズ

 カンダのエドモントンで学生をしているとき、大学のアイスホッケープログラムに参加。格安でリンクが使え、現役の選手とゲームができるこのプログラムは人気があって、ぼくも早々に予約して参加。


 ここで、ぼくは大きな出会いを3つする。1人はヂュレク。元大学アイスホッケー部のトレーナーで、日本ではコクドとのパイプのある人。現在はフリーのライター。彼のおかげで、ぼくは師匠にも会えたし、カナダのホッケー事情も詳しくおしえてもらった。ヂュレクは別の機会で書きたいことたくさんあり。そして、もう1人がダレル。日本で言う一級建築士なんだけれども、日本でのカナダ住宅の権威。たまたま僕が日本人でしかも、アイスホッケーのプログラムに参加するなんぞびっくりするぐらい珍しかったこともあり、その場で名刺をもらった。後に彼の会社でスーパーキャリアウーマン奈津子さんに出会う。ぼくの最初の大きな出会い3つ。


 ダレルは話してみると、気難しい感じがするものの、すごく実直で印象とは全然違う気持ちの熱い人だった。何年も中断していたアイスホッケーを再開しそのきっかけに参加したプログラムに僕がいたというわけ。


 それはもう、ぼくにとってはすごい経験。地元ではとても権威のある人で、その経緯で、領事館の人間やら、ビジネス関連、ジャパンコミュニティーの人間に紹介してもらい本当に感謝ばかりでした。ヘリテージフェスティバルでうちわに毛筆で名前を書くイベントでは、僕がインチキ師匠なんかさせてもらって楽しいひと時でした。


 そのダレルが、「人生で、いつかホッケーを本当にしたくなるときがくる」と言っていたことがなんとなくわかるような気がしてきた。競技とかではなく、気持ちの中から思うこと。師匠オルソンも同じようなことを言ってた。


 成功者として見られるダレルだけれども、彼の人生の中にあるいろんなもの、断片的に見せてもらい、生きていくということはこういうことなんだと思ったのも僕のなかの大きな財産。あとから奈津子さんから出版した話を聞いてびっくりしました。


 パックを持ったらまっすぐ走るダレルのプレースタイルに、彼の生き方を重ねる自分でした。


 奈津子さんも別の機会に。彼女こそ、キャリアウーマンの先駆者ではないでしょうか。工学博士とMBAをどちらも持ち、みづからエージェントとして働く女性に出会い、ぼくは本当にすごい人に出会ったと感じたわけです。


 秋の風を感じるとエドモントンを思い出す自分でした。