@Osaka Endosky Journal

焼いて粉にして屁で飛ばせ

自家中毒症

 自分には4歳のときの、自家中毒症のイメージがはっきりと残ってる。4歳を迎えてすぐに、長崎から京都に引越し。今まで大家族で過ごしてきたのが、京都、桂の小さなアパートで家族で暮らすことに。

  そこで、入った幼稚園が京都のまたいい感じの幼稚園。 長崎で、田舎の子どもで育った自分にはとてもなじめない、みやびな雰囲気だったと思う。言葉の違い、友達いない、じいちゃんばあちゃんいないはとてもつらかった。幼稚園の返りに、おしっこをすることができず、もらして帰った日が何回もある。

 幼稚園で冬になると、お弁当を温める。お昼時間になるとその弁当を空けるんだけれども、その匂いがダメ。匂いだけで、吐き気がして毎日嘔吐。お昼食べられず。また、うちのオカー(現オジョーサン)は、なんとも九州女であり、そういう自分の息子にスパルタにて対応。しょうがないといえばしょうがないですが、今でも、とても、つらい思い出です。

  そういったわけでいまだに京都嫌いなんです。すまん。(京都が悪いんじゃないんですが)

  そういえば、幼稚園に行く直前まで、ハクション大魔王をテレビで見ていて、エンディングのあくびちゃんの歌を聞くと行かなくちゃ行けないって切なくなるんですよね。今でも、あの曲聞くの切なくて、最後まで聞けない。

 同じように、移動した弟はなんともなく、自分の思うように過ごしたらしく、本人の当時の記憶はないのに、公園の清掃のおじいちゃん、おばあちゃん、近所の染物工場のおにいちゃん、おねえちゃんだった人は今でも覚えてるひとがいるくらい。同じ兄弟でこうも違う。

  自分の中にある、ものすごく、内向的なところを、それからの引越し人生で、みづからに生まれ変わりをしながら今まできたように思うわけで、(注)ビズでコンパスな兄さんのエントリー から急に思い出しました。岳にもそんなところがあるんかもと思ったり。いや、そうでないように願いたい。

 

 引っ越すごとに、転校するごとに、自分のキャラを作って生き延びてきた自分を、どこか、時効がきれるまで逃げ回る犯人のように思えることがまれにあります。中田君の言うとおり人生は旅なんでしょう。

 

 自分の子どもを見て、自分の子ども時代を振返ってみたりしました。